2012年2月 2日 (木)

早起きは・・・

5時に目が覚めたので、とりあえず起きてみた。
でも、すっげー眠いんです。

6時間じゃ足りないか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月24日 (火)

給与明細でややへこむ

給与明細が来た。
その中に「仮払金」なる項目が。
さらに「他控除2」に同じ金額。

なんだろう・・・・・
しばし考えてふと気づく。

表彰されたときの金一封だ。
ちゃんと給与として計上されるのね。
サラリーマンの収入は1円まできっちり把握されてるなあ、と思った瞬間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月16日 (月)

極限値の証明

実験の仕込み量を計算していたら、ある値に収束した。
ん、これは数学的に証明できるのでは?
で、家に帰ってから調べたりしてみた。

大苦戦です。
何しろ数学なんぞ大学の教養以降やってないから。
でもいろいろ式をいじくってたらなんだか等比数列っぽい形になっていた。
そこをとっかかりにしてググり、解き方発見。

で、n→∞のときを計算したら、エクセルの計算結果と一致。

やったね!
とりあえず、「その仕込み量で大丈夫なの?」って聞かれても、「大丈夫です!」って言えるぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月15日 (日)

主題歌から原作へ

私は聴いてる曲のストーリーから勝手に風景を妄想する癖がある。さらには車の中で一人で歌い、主人公になったつもりで泣きそうになるときもあるくらいの妄想癖である。
そうなると、その曲が使用されている作品が気になるもので、eufoniusのフォノンに収録されている、遥かな日々が使用されている劇場版”文学少女”をTSUTAYAで借りて見てみた。

こっちは曲の方
遥かな日々

なんだか面白いぞ。
宮沢賢治を読んでみようかとちょっと思った。
昨日ふらっと書店に行ったら”文学少女”の文庫があったので、1冊買って読んでみた。
やっぱり面白いぞ。
そして太宰治を読んでみようかとちょっと思った。
単純である。

とりあえず元ネタ小説は後にするが、”文学少女”はかなり出版されており、非常に危険だ。
曲を楽しむために原作を見たはずなのに、どんどん深みにはまっていきそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 7日 (土)

レトロゲーム機の魔力

先日ハードオフに行ったら、セガサターンが売っていた。
2004年の新潟の洪水でぶっ壊れてしまったあと、ソフトだけが家にある状態で、遊びたいなーって思ってたところだったんです。
かなり興奮して、即買いました。

で、実家にあったソフトをあさって、ラングリッサー3、4、5を発掘。
今はラング3やってます。
16年前のゲームだけど、面白い。
部隊を指揮してばったばったと敵を撃破。
ハードが弱いため、敵の行動思考時間がめちゃめちゃ長いのも懐かし。
ドリームキャストのソフトはバイオハザード以外全部処分したけど、サターンは処分しなくてよかった。
でもラングはプレイ時間が長めなので、休日だけやることにしよう。
201201071


| | コメント (0) | トラックバック (0)

目標とよばれるもの

昨日の記事では目標を決めてないと書いたが、少し考えてみた。
主にここ1年の感情の動きに関してになるのかな。

ではまず、昔の自分について話そう。
といっても2年くらい前の話ですが。
当時の私には何か理想の姿があり、それと現実のギャップがあることで落ち込んでいた。
あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。
でもできない、うまくいかない、終わらない。

ん、今もそうか?

いやいや、ここからは違うよ。
で、その理想と現実のギャップを実感し、落ち込んでいたわけです。
落ち込むのは自分が高すぎる理想を持っているからであり、理想の姿を思い描かなければそのような悩みなどでるはずはないでしょう。

では何故そのような理想を持っていたのか。
それは自分が何かこだわりを持っており、こだわって物事に取り組むのが面白かったからではないかと、今は考えています。
理想の自分、またはそこに至るまでの過程で、面白いと思う何かがあるのかもしれない。
そして、面白いことをやりたいと思うのが自分の根っこに近い部分にある欲求ではないかと。
そう考えました。

さて、ここではじめの問題に戻ろう。
理想と現実のギャップを感じたまま過ごすのは、ギャップがあることによる不満も抱え続けることになる。不満を感じていたら何もかもが面白くなくなる。

面白くなくなるんです。
面白いことをやりたいという欲求があるにも関わらず、何もかもが面白くなくなるんです。

じゃあどうしよう?
こだわって物事に取り組むことが面白かった。
「面白かった」というのが欲求の根っこであれば、理想だとかなんとか言わず、面白いと感じることをやればいいのではないか。

じゃあ、面白いことってなんだろう。
それは理想とする自分の姿にあるんじゃないか?
私が理想とする自分は、「世の中の役に立つ人間」である。
誰?と言うのがないので、ぼやけまくりである。
では対象を絞ってみる。
世の中=社会=人の集団、つまり誰かの役に立つ。
まだぼやけてる。
自分の近い人?
いっそのこと目の前の人?

世の中の役に立つには、まず目の前の人の役に立たなければならない。
それがわかる方法とは、その人のために何かやって、相手が喜んでくれること。
喜んでくれれば、自分は役に立ったと実感できる。
そして、私はそれを面白いと感じるわけです。

じゃあ何かって何?と聞かれれば、相手が困っていることです。
自分に降りてきた仕事です。

仕事に取り組む→すると、そのうちいくつかは問題が解決する→そうすると、相手が喜ぶ

では、今、この仕事に取り組むことはどんな意味があるか。
それは、相手に喜んでもらうための最もストレートな手段となる。
「なら、やるしかないでしょ」とスイッチが入る。

こういうのが、復職してから私に起こった感情の変化ではないかと思います。

目標は決まっていない、というのはちょっと正しくないかも。たんに世間一般で言う「目標」つまり遥か彼方に立てた立派な旗を気にしていないだけなのかもしれません。

目標ってのは「今」を変えるためのものなんだそうな。
「今」やる気にならないものは、目標としては適切じゃないのかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 5日 (木)

仕事始め

今日は仕事始めでした。
まずは実験室の確認と試験機関へのサンプル出し。
午後は本社で仕事始め会。

昨年やった仕事で表彰されました。
こういうのがあるとやる気もでるってもんです。

で、私のボスが「今年は仕事をどんどん任せたい」的なことを言っていたので、こんな本を渡しました。

任せる技術
ばんばんこいやー!みたいな感じで。

今年の目標などは決めていないが、方向が決まってないなら全方位を攻める感じでいこうかとおもいます。
そうすればそのうち何か見えてくるでしょう。
とりあえず一つだけ、重要で緊急な仕事ばかりに振り回されず、緊急でないけど重要なことをやれるようにするにはどうすればいいか考えて働こうと思います。

酒飲んでるんで、これで終了 。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月31日 (土)

生活保護対策とコミュニティ

今日の新聞で、生活保護についての記事があった。
生活保護のお金が財政を圧迫しているということが今あるらしい。

最近思っていることは、生活保護としてお金を渡していることは問題なのではないかということ。
「仕事がないんですね、お金がないんですね、それならこのお金で仕事が見つかるまで、病気が治るまで生活してください。」という趣旨なんだろうけど、世帯ごとにそんなことやってたら無駄が多すぎるんじゃないだろうか。

行政で集合住宅を借りて、生活保護受給者はそこに住んでもらうようにしたらどうだろう。
世帯ごとに支給されたお金で、それぞれ住む場所を調達するというのは高くつくと思う。
行政がまとめて用意すれば、安く済むし、管理もしやすい。
衣食に関しても集合住宅の一部でまとめて配給。生活できるだけの設備、資材は行政で用意。ネット環境もまとめて用意。携帯電話はプリペイドを貸し出し。そのかわり現金での生活保護の支給は一切行わない。
失職者に関してはハローワークへの送迎および、ハローワークの紹介による企業への面接にかかる交通費を全額支給。交通費は申請が必要。求職活動をしていない者は現金を一切渡さない。
病気により働けない人に関しては、もともと医療費は無料だし、指定した総合病院まで送迎。
このようにすれば最低限度の生活はできると思う。

今の日本には、生活困窮者が自由に生活できるような余裕はない。
すべての人が健康で文化的な生活を送れるのは、それをする余裕があった時代の話だと思う。
働いている人だって、年金生活者だって生活に困っているのに、生活保護を受けている人のほうが高収入というのはどう考えたっておかしい。

無駄の多い現金での生活保護をやめて、行政がまとめて面倒を見る。その代わり自由を奪う。自由がほしいひとは働いて自立するように導く。
病気で介護が必要な人もいるかもしれないけど、資格がなければできないことは介護師を行政が雇い、それ以外の身の回りの世話はほかの生活保護受給者に協力してもらえばいい。

とまあ、突っ込みどころ満載の思いつき生活保護対策でした。

もうひとつ、最近よく聞くのが「コミュニティの希薄化」というもの。
近所づきあいがなくなって、人々が孤独に生きているというものだと思うが、この原因はコミュニティに所属すると高くつくからではないだろうか。
先日「見られる家」というものを紹介していたテレビ番組があった。
そこではそれぞれの世帯の生活が丸見えで、そのせいか相互に協力して生活しようという風潮ができていた。
ちょっと興味を持ったので、探してみたらコストがめちゃめちゃかかる。
孤独でいるほうが安く生活できてしまうから、みんな孤独になってしまうのではないか。

となると、コミュニティに所属したほうが安く生活できるシステムを作れば、コミュニティの希薄化は防げるということになる。
それが前半部で触れた、生活保護受給者の集団生活です。

お金がなければみんなと一緒に生活してください。
プライバシーを侵害されない孤独な生活をしたければ、働いて自立してください。
というシステムにしてしまえば、コミュニティの希薄化なんてものは起きないんじゃないだろうか。
自力で生活してる人でも、休みの日とかに生活保護者の手伝いをすると、そこで食事ができるとか。これもコミュニティに参加すると安くつくひとつの方法だと思う。

政治家は個別の政策で何とかしようとするよりも、社会のシステムを今の時代にあったように変えることが仕事なんじゃないだろうか。
そんなことをいう人が立候補するなら、私は投票するんだけどなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月27日 (火)

もちちき

今日は職場で餅つきでした。
忘年会とか、飲み会つまり社外でみんなが笑うのはあるけど、社内でみんなが笑顔でいるのはあまりないかもしれない。
みんな笑顔で楽しんでいた。

こういうのはいいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月25日 (日)

A・HO・KA!!!!!

ツイッターで最近見つけたネタに、掛算の順番が違うと不正解になるというものがあった。

参考ブログ

8人にペンを6本ずつあげるとき、全部で何本必要かという問題だが、8×6=48 答え48本は不正解で、6×8=48 答え48本が正解だというのだ。
で、その理由は
「6×8は6本×8人、8×6は8本×6人」を意味するということらしい。

あほか!!!!!!!!!!!!!

今日の記事、中身がないなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«服と車